「何食べたい?」
この質問、意外と難しい。
別に何も食べたくないわけではない。
お腹は空いているし、外食だってしたい。
ただ、いざ「何が食べたい?」と聞かれると、頭の中で急に飲食店の最終選考が始まる。
まず、ジャンルを考える。
「あ、今日はしょっぱいものが食べたいかも」
ここまではいい。
でも、しょっぱいものなんていくらでもある。
ラーメン。
ラーメンは普通に嬉しい。
でも、ラーメンって、あまりゆっくり話しながら食べるものではない。
せっかく一緒にご飯を食べるなら、もう少し喋りながら食べたい気もする。
じゃあパスタ。
パスタもいい。
おしゃれだし、外食感もある。
でも、なぜか「今日、何食べたい?」と聞かれて、あえてパスタを選ぶことは少ない。
これは私だけだろうか。
しかも、パスタって家でも作れる気がしてしまう。
いや、もちろんお店のパスタは美味しい。
でも「せっかく外食するなら……」という気持ちが出てくる。
じゃあ中華。
これも美味しい。
餃子も食べたいし、チャーハンもいい。
でも、これもまた「家でもできそう」という考えがよぎる。
そして、そもそも私は定食を外食の候補に入れない。
定食が嫌いなわけではない。
むしろ好きだ。
でも、外食をする日にわざわざ「定食を食べに行こう」とは、なかなかならない。
じゃあハンバーグ。
これもいい。
ステーキもいい。
でも、ちょっと高い。
焼肉。
最高。
でも、高い。
こうして考えているうちに、最初に食べたかったものが何だったのか分からなくなってくる。
そして最終的に、
「なんでもいいよ」
と言う。
たぶん、これが「何でもいい」の正体だ。
本当に何でもいいわけではない。
考えすぎて、もう自分で決めるのが面倒になっているのである。
「何食べたい?」と聞かれた瞬間、
・値段は高すぎないか
・家で作れないものか
・せっかくの外食感はあるか
・ゆっくり話せるか
・今の気分に合っているか
そんな条件が勝手に追加されていく。
そりゃ、すぐには決まらない。
だから、できれば相手に決めてほしい。
「じゃあ今日は〇〇にしよう」
と言ってくれたら、
「あ、いいね」
と案外すんなり決まる。
そして相手も決められなかった場合。
そのとき初めて、
「本当にしいて言えば……」
と、今この瞬間に一番食べたいものを考える。
「じゃあ、ラーメンかな」
みたいな。
結局、食べたいものはちゃんとある。
ただ、そこに辿り着くまでに脳内で無駄に何店舗も閉店させているだけなのだ。
「何食べたい?」
という質問は、単純な質問に見えて、実はなかなか難しい。
だから私は今日も、
「なんでもいいよ」
と言う。
もちろん、本当になんでもいいわけではない。